壁谷さんがヤタローへ入社した2009年、治一郎は2店舗目ができたところでした。今のように全国へ広がる姿は想像もしていなかったと振り返ります。
「少しずつ広がって増えていき、気づいたら31店舗。私自身、治一郎と一緒に時間を重ねてきた、という感覚です」。
最初に携わったのは、ラスク製造の工場でした。工程の一部を担っていましたが、やがてラスクの需要が拡大。それまでパン製造の一部でしたが、独立したラインとして動き出すことになり、まとめ役を任されることになります。
必死だった、立ち上げの現場
「30人規模の現場をいきなり統括することになったんです。もともと管理者がおらず、前例のない現場だったので、
とにかく無我夢中でした」。
工程の組み方や段取り、人員の配置、時間の使い方を考え、スタッフをまとめていかなければなりません。生産量が増え、作業は深夜に及ぶ日もあります。その場で判断し、自身で決断しながら、前に進むしかありませんでした。
「大変ではありましたが、ラスクという『ものづくり』の現場から、『工程づくり』へと変わったことで、仕事の視野が一気に広がったと思います。ルーティンワークは苦手だったので、試行錯誤しながら進んでいくのが楽しかったんです」。
毎日同じことを繰り返すのではなく、より良い方法を考えながら手を動かすほうが自分の性に合う。そんな感覚が壁谷さんのなかで確信となっていきました。
「大学でバイオマスエネルギーの研究をしていましたが、そこではじっくり考えて試して、理論的に説明できるようにすることが大事でした。だから、一つひとつの仕事に対しても、同じように自分なりに考え、理屈に落とし込むことで進んでいけたのだと思います」。

お客様の目線を知ること
製造現場での経験を積み重ねた数年後、ラスク専門店での店長へ異動。製造とはまったく違う「販売」という環境に戸惑いはなかったのでしょうか?
「お客様の目線を知りたいという思いがありました。工場では買ってくださる方と直接触れ合う機会がなかったので。どういうものが求められ、どうすればより手に取っていただけるのかを、しっかり現場で実感するためには、自然な流れだったと思います」。
担当したラスク店では、工場から運ばれてきた商品を店内のオーブンで焼成して仕上げる必要がありました。焼き上がりのタイミングや、ディスプレイ方法、お客様の動線までを考えて工夫することが求められます。
「最初は、どのタイミングでどれくらいの量を並べたらいいのかまったく分からなくて……。お客様の数も予想がつかず、焼き上がるまでお待たせしてしまうこともあったんです」。試すしかないと、時間や個数を調整して繰り返しながら、少しずつ売り上げを把握できるようになっていきました。繁忙期には前夜に仕込みをすることで、お客様をお待たせしないような工夫も。また、売り場の配置を変え、反応を観察。商品位置を変えるだけで、お客様からの注目度が変わるという手応えを得られるようになったそう。
さらに、製造時代に培った知識も活かしていきました。
「どんな材料をどう使っているか、どんな味わいなのかをお客様に説明するようにしていました。理屈っぽかったかもしれないのですが(笑)」。作り手のこだわりを聞いたお客様は、納得し、安心してその商品を手に取ったに違いありません。手みやげにする場合は、店で知ったおいしさの秘密を伝えたくなることもあるでしょう。口コミが広がっていき、ラスク専門店はどんどん人気になっていったのです。
どんな気分にも寄り添える存在
その後、バウムクーヘン部門のマネージャーとして工場全体を管理する立場になります。生産数の計画から人員配置、シフト管理、採用まで、工場が滞りなく動くためのすべてに関わる仕事でした。
「納品数から必要人数を考え、どれだけの時間が必要かを見極めます。それを皆さんにどう伝えるかも大切な仕事です」。
先輩も相談相手もいないなか、またもや試行錯誤の日々。正解はなく、やってみて、修正して、また考えながら、工場を軌道へのせてきました。今でも、毎日焼き上がったバウムクーヘンを検食し、味を確認して出荷へとつなげています。
「毎日同じものを口にするからこそ、おいしさが気分によって変わることに気がつきました。嬉しいときと、少し疲れたときでは、おいしさが違うんですよ。食べると気分が高まることもあれば、じんわりとしたやさしさを感じることもあって。お客様もいろいろな状況で口にするんだろうなと考えると、治一郎のお菓子は、特別な日にも、日常にも寄り添える存在であったらいいなと思うようになりました」。
次の世代へつなげるために
現在は、現場全体を統括しながら、次の世代を育てるフェーズに入っています。
「未来へ続く人材を育てなければなりません。そのために大切なのは、やり方を言語化すること。作業や工程の必要性がわかれば、仕事の意味も変わるからです」。
これまで壁谷さんが現場で積み重ねてきた判断や工夫は、感覚的なものではなく、一つひとつに理由がありました。その理論を共有することで、現場の理解が高まり、仕事の質も安定していくのでしょう。ただ、会社の規模が大きくなるほど、マネジメントの難しさも増していくものです。壁谷さんは今も、本を読んだり学びを重ねたりして、様々な問題に向き合っています。考えて、試して、言葉にして、伝えていく。その積み重ねが、治一郎の現場を支え、次へとつながっていくのです。
