焼成機の中でゆっくりと回転する芯。
そこにとろりとした生地がつくと、そのまま奥の炎で焼かれ、ほんのりと焼き色がついて手前に戻ってきます。生地に手をかざしているのは、ベテラン職人の堀内初治さん。焼き具合を確かめたら、横にある生地をすくいあげ、焼成機の中へ入れていきます。
「一日約50~60本のバウムクーヘンをしっかり焼き上げるのが仕事です。もう23年間も続けていて、自分でも驚いてしまいます」と話します。
その日の気温や湿度を考えながら芯の回転数を調整し、焼き加減を目で見て手で確かめては、また調整すると繰り返してきました。
「昨日と同じという日は一日もなくて、毎日が学びの連続です」
憧れのお菓子職人の道へ
堀内さんがお菓子職人を志したのは、小学生のころに食べたクリスマスケーキがきっかけでした。
「バターケーキですが、食べた瞬間に『こんなにおいしいものがあるのか』ってめちゃくちゃ感動したんです。そのおいしさが忘れられなくて、ケーキを作る人になりたい!と思うようになりました」。
高校を卒業してすぐにお菓子職人として働き始めるも、最初は見よう見まねでやるしかなく、技術を習得するのが大変だったと振り返ります。
「シュークリームの生地が倍くらいの大きさに焼き上がっちゃったりして、よく怒られましたよ。それでも、おいしいものを作りたい、食べたいっていう気持ちがあったから、なんとか、がんばれたんだと思います。小さいころからの夢だったし、こんないい仕事ないと思って続けました」
バウムクーヘンの学びとは
3軒の洋菓子店に勤め、ケーキやカステラなどさまざまなお菓子を手がけた後に、ヤタローへ。バウムクーヘンの焼成を担当することになります。
入社した当時、治一郎のバウムクーヘンは未完成の状態でした。焼成を担当していたのは、ブランド名にもなった治一郎さんだけだったそう。
「治一郎さんとふたりで、ひたすら試行錯誤していきました。目標は、しっとりとやわらかいバウムクーヘンを焼き上げること。そのころ、他のバウムクーヘンはかたいものが多かったんです。飲み物がなくても食べられるものを、と。半年くらいは失敗してばっかりだったなぁ」と話します。
やわらかく仕上げるために、焼成の温度や時間、回転数を調整し、組み合わせを変えて何度も焼いていきました。試作は100回を超えたと言います。
「やわらかすぎると焼成機の中でボトっと落ちちゃうんですよ。かといって落ちないように焼きすぎると、仕上がりがかたくなってしまう。ちょうどいい焼き加減を見極めるのが本当に大変でした。何度も失敗する夢を見てね」
当時の機械は、温度や回転数が表示されるものではありませんでした。焼くたびに温度や時間を計測し、回転数を加減して、メモをして考える日々。堀内さんが頼りにしたのは、それまで培ってきた技術でした。
「スポンジケーキを焼くときも、同じようにやわらかさを追求していたんです。そういう焼きの仕事をやっていたからわかる感覚というのがあって、それを大切に試作していきました」
また、工場から店へ、さらにお客様の手元に届くまでの工程や時間も考慮しなければなりません。
「焼き上がったときではなく、お客様が食べるときにいちばんおいしい状態であるように。配送の状況なども考えて、焼き上げるようにしました」
そうしてやっと納得のいくものが完成し、やがて『治一郎のバウムクーヘン』として販売されることに。
「うれしかった。失敗だらけだったけど、そこから学んで『次はああしよう』『今日はこうしよう』って考えることが楽しかった。大事なのは、最後まであきらめないことだと学びました」
その後、新しい焼成機が導入され、温度や時間、回転数がすぐにわかり、調整しやすくなりました。それでも、堀内さんは、自身の手と目で確認することを大切にしています。
「マニュアルもありますが、完全に機械に任せることはできません。例えば、湿度が高ければ回転数を遅くするんですが、その微妙な加減は人間じゃないと難しいと思っています。それに、焼いている間にも変化していくから、自分の目でしっかり確かめないと、おいしい仕上がりにはなりません」
生地の状態を見極める。手をかざし、温度を確認する。そんな堀内さんの姿を見ながら、まわりの職人たちも同じように作業を続けていきます。
「新人さんは緊張しているから大丈夫だけれど、仕事に慣れてくると失敗することがあります。そんな姿を見ていると、何年経っても『かんたんにできる』と思ってはいけないと学びになる。そんななかで自分にできることは、声をかけやすいような環境づくりかな、と思って。わからないことがあったら、いつでも聞いてほしいですね」
焼成機の前では真剣な眼差しですが、一歩離れるとニコニコと穏やかな堀内さん。焼成を担当する職人たちにとって、その存在は頼もしいに違いありません。
あきらめなければ、必ず学びを得られる
23年という月日を改めて振り返り、堀内さんは話します。
「うまくできなくて悩んだこともあったけれど、その悩みも仕事のひとつなんだと学びました」
悩むからこそ挑戦する。挑戦するからこそ学びがあるのだとわかります。
「あきらめずに続けてきて本当によかった。おいしいものが好きでよかった」と、うれしそうに教えてくれました。